向井潤吉先生

 向井潤吉先生とは不思議なご縁で家族ぐるみのお付き合いをさせていただく様になりました。向井先生のご長女、Mさんと私の妻となる寛子は弦巻国民学校に通い、戦争中は新潟県越後川口学童疎開となります。戦後も向井先生は「タンチ山」と呼ばれた世田谷区弦巻にお住まいになり、妻の住む場所とは背中合わせの近所となります。

 そして学童疎開と戦後の弦巻小学校への再入学からの親交があり、結婚後も家族ぐるみの交流をさせて頂き、現在に続いております。向井先生は京都生まれで、誠実はお人柄とやさしさの中にも、凛とした佇まいの方で絵画のこと画壇のことなどを丁寧にご指導頂きました。現在も私の心の中には、向井先生との思い出がたくさん詰まっております。

 

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