楢原先生と私 絵描きの旅の一コマ

 1960年から61年頃の秋と思いますが、光安浩行、楢原健三、小牧盛行の諸先生方の箱根方面一泊の写生旅行にお供させて頂きました。仙石原は一面ススキの原でホテルや別荘など見かけず広々と、箱根峠からは180度眺望が出来た良き写生地でした。宿泊先は姥子の秀明館、木立に囲まれた山中の一軒宿で、旅館主は二紀会と関わりのあった方のようで、部屋中に二紀会の先生方の色紙や小品が掛けられていました。夕暮れの富士を眺めながら、宿に到着。早々の酒宴が始まり長時間の夕食にかなりの徳利が寝ていたようです。酔いが手伝ったのか、誰れ言うともなく「外の風呂に行きませんか」ということで、タオルを手に庭に出ました。やっと人影が見える暗闇の前庭に湯けむりが見えていました。浴衣を庭石の上や、植え込みに引っ掛け「外の風呂に入浴」旅の話もはずみ中々いい湯でした。

 翌朝、出発時、庭先で楢原先生の声、「オイオイ、ゆうべ入ったのはここじゃないか」一同唖然と・・・。今だからお話しできますが、そこは温泉の廃湯などが溜まる所で広い池のようになっていました。暗闇で露店風呂に見えたのでしょうが、よくもマアこんな所にということでしょうか。楢原先生は一言、「酒飲みのあることはこんなもんだネ」と。レインコートをはおりスケッチブックを小脇に抱えた光安先生はクスクス笑い、小牧先生は頭を搔き、瞬間、小生はホッとしました。

 「もっと重厚に大きく調子を掴み、細かなところは気にせず雰囲気を大切に」がご批評の柱で、のびやかな筆致は画面に生動を与え、構成の確かさと叙情性。「絵描の旅の一コマ」も楢原先生の豊かな心の広さが今になって伝わります。光安先生は、翌年(?)の個展だったと思いますが「仙石原」というような画題でご出品されていました。

(日本山林美術協会・山林美術通信・2004年掲載)

 

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